ニュースレター

2019年7月20日

アジア仏教徒平和会議に初参加して

宗対研 代表 小野 恭敬

 令和元年6月19日、我々日本代表団がモンゴル・ウランバートル空港に到着したのは、予定より5時間も出発が遅れての深夜0時過ぎだった。それにも関わらず、ホスト側であるガンダン寺僧侶は、空港にて我々を温かくお出迎えしてくれた。VIPラウンジに通され、その際一人一人に空色のシルクのスカーフを首に掛けてくれ、丁寧に挨拶をしてくれた。後で知ったことだが、スカーフはチベット仏教でよく使われる、カターと呼ばれる品である。カターの「カ」は口を意味し、「ター」は布あるいは印を意味する。カターを相手に渡すことにより、自分の心からの敬意を表すという挨拶の印なのである。私にとって、これがモンゴル仏教との初めての邂逅であり、アジア仏教徒平和会議(以下ABCP)の幕開けであった。

日本代表団に途中参加    急遽現地での通訳者に

 モンゴル行きの話を受けたのは、師父小野文珖からである。「アジア仏教徒平和会議という国際組織が今年で50周年を迎える。本部を置くウランバートルで久しぶりに総会大会が開かれるので、日本の宗教者も代表団を結成し出席することになった。アジア仏教界の平和会議にとっては新しいスタートになるはずなので、是非見てきて欲しい」と。父は前回のラオス大会に参加している。そこで当時のABCPの限界を感じつつ、一方で大いなる意義を見出していたようだった。 

 過去にも、父が活動する「日蓮宗立正平和の会」の行事を手伝い、2015年にはニューヨーク国連前でのNPT再検討会議の平和行進にも参加してきた。私もそんなご縁で「立正平和の会」の会員になった。そして今回も、ニューヨークで同行させて頂いた「立正平和の会」の河崎俊宏上人、藤崎善隆上人、そして「日本宗教者平和協議会」の岸田正博師、森修覚師はじめ平和活動に従事する宗派の垣根を超えた著名な僧侶が日本代表団を結成し、ABCPの本部があるウランバートルに集うということであった。私も、父の跡を継ぐ意味も含め、50周年の節目の年、分水嶺になるであろう総会大会をこの目でこの体で体験したいと思い、同行を願い出た。

 私は英語圏ではないものの、ドイツに留学していたことがある。学生時代は英語も得意であったので、渡航までの間、団長・副団長のスピーチ原稿、日蓮宗宗務総長の祝辞の日英翻訳は私が担当した。しかし現地入りすると、予め手配していた地元通訳の方との連携が上手く取れず、英語が公用語であるABCPの会議の同時通訳も私がすることになってしまった。

 翻訳は辞書を片手に時間をかければなんとか出来るが、英語での議論を同時通訳するというのは全く別の能力である。翻訳すべき英語はどんどん流れ、短期記憶からも消えていってしまう。困難の連続であった。またインド人やバングラデシュ人の話す英語は独特なアクセントがある。通常の英語でさえ四苦八苦であるので、彼らを理解するのは至難の業であった。

 私は当初、初参加なので気楽な観客のような気分でいたが、途端に歴史ある国際会議の真っ只中に引き込まれてしまった。しかしながら、通訳というアシスタントを務めたお陰で、滅多には体験できない経験を色々させて頂いた。本稿でそのいくつかを紹介したい。

 200名越える開会式    大統領とダライ・ラマの祝辞

 ABCP総会大会の開会式は、ガンダン寺新本堂の落慶式も兼ね盛大な祝典となった。アジアの13ヶ国・1地域から仏教徒代表団が結集し、全体では150名近い仏教僧侶、スタッフを含めると200名を越える規模の大会であった。驚くことに、開会式にはモンゴル国のバトトルガ大統領も臨席され、新本堂御宝前の前で祝辞を述べられた。スピーチのなかで大統領は、「モンゴルの人々の伝統的な宗教は仏教である」と宣言し、会場からの拍手喝采を浴びた。これを聞いた私は身の引き締まる思いがした。モンゴル民族にも、仏教以外にも古来からの宗教やシャーマニズム的な呪術祈祷の類は少なからずあるだろうに、仏教は国教であるかのような声明であった。現代の日本の総理大臣には言い出せないセリフだと思った。発言内の仏教を「神道」と置き換えたとしても。一国の大統領が訪れるガンダン寺と、世俗の最高権力者からそのようなリップサービスを引き出すABCPの影響力を目の当たりにし、私はそれまで本大会を過小評価していたことを痛感し恥じた。

 また、過去のABCP総会には何度も出席しているダライ・ラマ法王は、今回のウランバートル大会のためにビデオメッセージを寄せてくれており、大型スクリーンに投影して披露された。ダライ・ラマ法王は、モンゴルでの50周年記念を祝福し、モンゴルにおける類まれな学僧を紹介し、ナーガルジュナを引用し啓発すると共に、チベット仏教最大の学者であるツォンカパ師の論文を紹介した。結びには「日本仏教徒の法友たちよ」と真っ先に声を掛けてくださり、アジア仏教徒に向け、「仏教を単に信仰の問題として扱うのではなく、仏教哲学の研究にもより多くの関心を向けてください」と促した。

 開会式の模様は、モンゴルのテレビニュースや地元紙に大々的に報道されたことは言うまでもない。 

新本堂で演説するモンゴル国大統領

一枚岩ではないアジア      核兵器廃絶は共通理念に

   ABCPの本会議は理事会を中心に行われた。総会大会であるにもかかわらず、全体会議を軽視していた感は否めず、本部からの諸連絡の伝達方式や運営の不十分な点には苦言を呈しておきたいが、仔細に入るには別の論考がいいであろう。私は通訳として理事会や起草委員会にも同席を許されたので、それについて述べていく。

 初日の理事会で各国代表団の報告や議論を聞いて、私が真っ先に痛感したのは、同じアジアの国々で仏教徒が「平和」を議論するにも、各国によって認識や立場や真剣度には差異があるということだ。仏教が少数派になり集会を開くだけでも圧力が掛かる国もあれば、テロリズムや過激派に仏教遺産が破壊されている国もある。核兵器廃絶を唱える国もあれば、今まさに核兵器を保有せんとする国もある。仏教は国教だと言わんばかりの国もあれば、仏教信仰を守るため国から亡命している地域もある。それぞれ政治的・経済的・社会的な問題に直面し、現代の多極的・複雑な状況下で、世界平和を実現しようなどとは軽々しく論じられないのだと、すぐさま理解した。しかし一方で、発言する機会を与えられれば、そんな大局観に立っていないで、仏教徒としての自国の主張を表明しなければならない。国際会議の難しさを肌で感じた。

 我々日本仏教団の最大の関心は「軍縮」と「核兵器廃絶」をABCP憲章と宣言文に明文化すること、ABCPに加盟するアジアの国・地域を限定せず、門戸をより広げることであった。前者については、核兵器禁止条約の履行を目標とすること(日本の批准も含む)や、来年2020年にニューヨークの国連本部で開催されるNPT再検討会議の成功を目指し、国連前での平和行進への参加の呼び掛けと「ヒバクシャ国際署名」への協力を促した。

 日本団の報告では、原爆被害の写真パネルを用いて、原水爆と放射能後遺症の非人道的な現実を視覚的にも訴え、現在と将来における核保有の違法性を主張した。発表後の反応からして多くの理事から深い理解と賛同を得られたと感じた。「ヒバクシャ国際署名」にも各国理事からその場で協力の署名をいただいた。 

原爆被害の写真パネルを示しながらの日本代表団報告会

ぶつかり合う立場と主張  北朝鮮参加もABCPの特徴

 2日間の会議にて岸田団長は硬軟巧みに織り交ぜながら、軍縮・核兵器廃絶を訴え、明文化への他国の理解を深めていった。政治的な要素やイデオロギーは可能な限り取り込むべきでないという意見が多勢を占める中、日本側の主張はパネル報告の効果も大きく、多くの理事から幅広く共感を得られていた。ところが、2日目午後の最終局面で、ABCP会長率いるモンゴル代表団から、日本側提案条項における一部修正の意見が出されたのは意外であった。文章のトーンが強く断定的であるので、もう少し意味合いをソフトにするべきだ、また憲章や宣言文中で、特定の国が非難されるように受け取れるものは適切でないのでもっと抽象化すべきだ、と。例えば「ABCPは核兵器廃絶の確実な実行を公約する」から「核兵器廃絶が確実に履行されるよう努力する」に修正するべきという発言だ。要するに、モンゴル側は日本側の強固な姿勢で、特定の国、つまり北朝鮮の仏教団が非難の矢面に立たされる可能性を危惧したのである。

 モンゴルはホスト国ならびに議長国としての立場上、多少なりとも北朝鮮側にも配慮する必要があった。このことは、会議終了後、ABCP会長のハンボ・ラマ師が岸田団長に歩み寄り、耳元で上記発言の背景を説明し、直接釈明をされたことも紳士的対応と付記しておきたい。そう、ABCPには北朝鮮の仏教徒も招待され出席しているのだ。北朝鮮政府の役人が通訳になることで政治色が出てしまう懸念はあるものの、同じ仏教徒として意見を交わせる場は貴重であると思った。北朝鮮仏教団の報告を聞けば、彼らにとっても平和を願う想いと祈りは私たちと同一であるのだ。北朝鮮の出席という点でもABCPは意義深いと言える。

 さて、採択最終日の前夜にも日本団は全体での会食を辞退し、ホテル屋上のビヤガーデンで日本メンバーだけで集まり、夕食を取りながら理事会での論点を整理し、日本側が取るべき戦略を練った時間が懐かしい。翌日の会議で岸田団長の譲歩しつつ実を取る作戦で、最終的に日本側の情熱は伝わり、日本仏教徒の平和への願いは「ヒバクシャ」の文言と共にABCP憲章にも宣言にも明文化された。是非とも今回の成果物である別紙の和訳全文を参照していただきたい。 

理事会での日本団の提言に、耳を傾ける北朝鮮の理事と通訳(右から2人)

宣言文一単語を巡る問答   妥協せず臆せず誤りを指摘

 最後に、会議の場で最も印象に残ったエピソードも紹介したい。岸田団長は、宣言文起草委員会での提案の一つとして、前文に「足るを知るという釈尊の教え」の挿入を起案した。他の起草委員からも同意を得られ、筆者は英語が堪能なスリランカ僧侶とも確認をした上「満足」を意味する「コンテントメント(contentment)」を書き入れた。

 その後の理事会でインド僧侶によって清書された文書を見てみると、その該当単語が「コンテインメント(containment)」という一見似ているが別の英単語に置き換わっている。意味を調べてみると「抑制」や「封じ込め」といった単語で、文脈自体も「欲望をコントロールするという釈尊の教え」とも読み取れる。全理事での読み合わせの際にも誰も何も言わず、英語での表現だと「抑制」の方が常用的な仏教用語なのかもしれないと、団長も筆者も判断しかねた。良いように解釈すれば「少欲知足」の少欲の方の概念である。それにしても意味が強過ぎる単語だとも思え、そのまま合意されてしまうようで、筆者はジリジリとした落ち着かない気持ちになった。

 読み合わせが終了した時、私は次のように考えた。意図していない文言でも一度採択されてしまえば、創立50周年のウランバートル宣言は歴史に残ってしまう。今ここで言わないと後々悔やむだろうと思い、私は団長に発言の許諾を得て、議長に対し冒頭の誤字を指摘した。「また始めに戻るのか」という老僧からのヤジも聞こえたが、 事務局側の変換ミスであったことが判明し、該当箇所では足るを意味する「コンテントメント」がふさわしいと多くの理事から賛同を得られた。誤解でない正確な英語表現となり、岸田団長の意を汲むことができ、また宣言文全体として日本仏教徒の平和を希求する願いが多いに反映され、大会中通訳の職務に当たっていた私は、心から安堵した。

 次回総会大会はインドで行われるという。時期は未定だが、私も可能であるならば参加したい。今回大会で知り合うことができた同世代の若手僧侶らとSNSで親交を深めつつ、数年後にまた再会できることが楽しみである。